はじまる。
縁側は、あたたかい。
九州最南端の県、鹿児島といっても冬は寒い。
僕の住む南九州市川辺町は、山の麓。昭和58年5月に建てられた昔ながらの家で1人暮らし。通風口の戸を閉めても、床は冷たい。
今、夜21時。部屋の気温は1度、体感は-1度。アプリが指し示す数字に疑いを示しつつも、あたたかい靴下を履いて、石油ストーブの前でなんとか凌ぎながら夜を越える日々である。
全ての事を済ませるつもりで望む、縁側。
夜が訪れる前に。
カミスル
この記録は、長髪に髭の見た目だけで「仙人」言われ出し、冗談で「佐藤仙人」と名乗ることにして、せっかくだからブログでもするかと生まれたものある。「神」×「ミス」×「加味する」を合わせた名前にした。
コンセプトは、あるようで無い。
こういった記録の最大のミスは「続かない」ことだと思う。
兎にも角にも習慣となるまでは、好きな事ばっかり書こう。
できれば、縦書き仕様のパソコンで見てほしい。
冗談がより際立つ。
基本的に楽しい事を言いながら、日々を送りたい。
でないと、この寒さは越えれそうにない。
これは、死活問題なのである。
ファッションは、お笑いから学べ
ファッションとお笑いは、よく似ている。
理由はちゃんと書かないと伝わらないから、いまは少しだけ。
お笑いへの関心の始まりは、 幼い時に夜中に見たNHKのオンエアバトルだった。当時で言うと、トゥナイト2も同じくらい関心はあった。
その時から、ラーメンズが好きだ。
(しゃべくり漫才の魅力があまり分からなかった。)
今はインターネットでお笑い番組・ラジオをよく見聞きできる。便利。
当然ファッションの研究対象として、お笑いとアダルトビデオは観る。(そういった意味では幼い時の関心は今も尚続く。)
笑いは、キー・リズム・パターン・その人らしさ等が相まって生じていること。
人を傷つけて笑いにすることもあれば、自虐的なことで起こる笑いもある。(人を傷つけないM1決勝のジャルジャルのネタは最高だった。)
その人らしさの伝達手段。
また例えば、ファッション誌。可愛いTシャツを着ている女性の胸が大きい。
着ている女性にとって、このTシャツがお気に入りだから着たのに、異性にはそうは伝わらない場合も起こる。この場合、エロさが邪魔をしてファッションが成立していない。
肉体と衣服との関係性。
笑いもエロさも、僕にとっては「ファッション」を観測するために必要な要素である。
お笑い哲学に関心がある方は、こちらの動画をお勧めします。
エロさ哲学に関心がある方は、ご自身で責任を持って検索して下さい。